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プラス思考と価値観

一週間くらい前のニュースですが→日本の「貧困率」15・7%、OECD中4位

アメリカ的な考え・価値観をどんどん取り入れていった結果ですね。
日本は、先進国の中でアメリカの次に格差の大きな国になりました。

格差社会がますます深刻になったと日本の国民たちは嘆いていますが、競争社会において格差が生じるのは当たり前ですし、アメリカの価値観を選択して取り入れていったのは他の誰でもない日本国民なんですけどね。



だからといって、アメリカ型の競争社会が悪いのか・・・そう簡単には言えないと思います。

もう調査から数年経っていますが、幸福度の調査結果を二つほど

・「国民の幸福度」世界一はデンマーク、日本は97カ国中43位。
・「国民の幸福度」はデンマークが1位、日本はまさかの90位に。


上の方の調査では、日本は97カ国・地域中43位ですが、アメリカは16位。
下の方の調査では、日本は178ヵ国中90位ですが、アメリカは23位です。


アメリカの方が、随分順位が良いですね。

数年前の調査なので現在ではどうかは分かりませんが、アメリカは日本より深刻な格差社会
ですが、幸福を感じている人の割合は日本よりかなり多いようです。

つまり、アメリカ型競争社会そのものが悪いのではなく、日本にはそれが合わないだけということですね。


ちなみに、どちらの幸福度ランキングでも一位になっている福祉国家デンマークは、貧困率の低さでも一位(5・2%)でした。

デンマークに興味のある方はこの新書を読んでみると良いかも

世界一幸福な国デンマークの暮らし方 (PHP新書)





こんなことを書いてきましたが、今までの話は実は今回書きたいことの趣旨にはそんなに関係無かったりします。
自分は別に"日本も福祉国家にしろ"とか言う気は全くありません。
ただ、「日本の常識的な価値観だけに縛られていると不幸になっちゃうぞ」と言いたかったわけです。

今回書きたいのは、自分の価値観・幸福感についてです。

自分なりの「プラス思考になる方法」を書きたいなと思います。




幸福度調査などで、もし「あなたは幸福ですか?」と聞かれたら、迷わず「はい。幸福です。」と自分は答えられます。
実際、幸せですもの。

自分が幸福に生きられるようになったのは、プラス思考を身につけたからだと思います。
とはいっても、自分は生まれながらにしてプラス思考だったわけではありません。


自分がプラス思考になれたのは、"様々な価値観を知って、それらを自分に取り入れたから"です。


プラス思考になるには、前向きになるには、という話はあちこちで色々な人が書いてますが、自分の場合は"様々な価値観を吸収をする"という方法を実践してきました。というか、自然にそうしていました。


まず、一つ言えるであろうことは「単一の価値観、特に日本の常識的な価値観に縛られると幸福になるのは難しい」ということです。

世間一般の常識・価値観に縛られてしまっている人は、結構多いと思います。


競争社会で自由市場型経済の国である日本の常識(日本に蔓延る価値観)は、


・競争は善・消費は善・お金は大切
・「勝ち組」は幸福・「負け組」は不幸
・努力すれば誰でも成功できる・失敗は自己責任・・・・・


とりあえずこれくらいにしておきます。
今の日本に蔓延る価値観においては、競争に勝ち続けている者だけが幸せになれるようです。
「勝ち組」だけが幸せになれる価値観です。

競争に勝つということは、他人を蹴落とすということ。
つまり他人を不幸にしてはじめて、幸福を掴み取れる。こう考えたら酷いものですね。
それに、競争をし続けている限り、誰でもいつかは負けてしまいますしね。

「負け組」になるのは自己責任だからお前らが悪い、と平気で言う人は大抵「勝ち組」です。
そして、そういう主張が蔓延ることで、「負け組」の人たちも「自分たちが悪いんだ」と思い込まされてしまっています。

このように「負け組」である人たちは、「自分たちは不幸でそれは自分のせいだ」と洗脳されていきます。

「勝ち組」にとってはこの価値観は素晴らしいものなのでしょうが、何も日本国民全てがこの価値観に縛られる必要など全くありませんよね。




では、この日本に蔓延る「常識」という価値観の呪縛から逃れるためには、どうしたら良いのか。

そのためには"様々な価値観を知る"ことがまず第一歩だと思います。

そうなると、リアル・ネット問わず、できるだけ多くの人の考え・価値観に触れることが大切です。

色々な方法があると思いますが、自分が好きで実践している方法は、新書を読むことです。


なぜ新書を読むのが良いかというと、その著者の考え方・価値観が凝縮されているものが多いからです。他人の価値観を手軽に知ることが出来るからこそ、自分は新書を読むのが好きなのです。

まあ、「新書」と一口に言っても色々ありますから取捨選択は必要です。
自分の場合は、何冊もパラパラと立ち読みして、全部読みたいと思ったものだけ買っています。
時間がある時は、何時間も立ち読みしています(笑)

そうやって様々な価値観を知り、その中から自分に取り入れそうなもの・・・自分に取り入れることが出来るものを見つけて、どんどん吸収していきます。

何も、全部取り入れろとは言ってません。自分に合った価値観だけをいくつか取り入れれば良いのです。

そうすれば、一つの価値観では不幸としか捉えられないような出来事も、いくつかの価値観を取り入れておけば、発想の転換が出来るようになり、プラスに変換して捉えることが出来るようになります。

ちなみに、自分が好きでよく取り入れさせて頂いているのは、養老孟司さんと、ひろさちやさんの価値観です。



養老孟司さんは、「バカの壁」「死の壁」で有名ですね。

『若い人の弱点は、今の自分で世界を変えたがること。自分が変われば、世界も変わることに気づいていない。』
『「 知る 」 ということは 「 自分が変わる 」 ということ』
『自分の好きなものを追求していくと、どんどん自分が変わる。自分が変われば世界も変わる。世界が変われば楽しくてしょうがなくなる。 』

これらの名言に、自分は感銘を受けました。
(ところで、「名言」を読むというのはその人の価値観の一端を知るのになかなか有効かもしれません。)

確固とした「自分」があってそれは死ぬまで変わらない。自分なんて変えられない。
それが常識です。

しかし、養老さんは自分を変えるのなんて簡単だとおっしゃります。

考えてみると、他人を変えるより自分を変える方がよっぽど簡単だというのは、至極当たり前のことだと思います。


ちなみに、『「 知る 」 ということは 「 自分が変わる 」 ということ』という名言に関連して、次の言葉をご紹介。

『例えばある人が癌を宣告される。
もう後少ししか生きられない。
そうしたらいつもと桜が違って見えるだろう。
桜が変わったのか。
桜は変わっていない。
じゃあ、自分が変わったのじゃないか。

「 知る 」ってことは 「 変わる 」ってことだ。』


どうです?自分を変えることって、そんなに難しくないと思えませんか?


この価値観を取り入れれば、到底無理なことなのに他人を変えようとして無駄にイライラすることはなくなります。
それより自分が変わった方がラクだし、自分が変われば相対的に周りの環境も変わります。

「自分がどうしようと世の中は何も変わらない」と無力感を感じている人はたくさんいると思いますが、そもそも一個人が周りを簡単に変える力を持っているはずがないですよね。
まずは自分を変えてみましょうよ。


また、養老さんは「自分を変えれば、他人を変えるノウハウも解る」とおっしゃってます。
どうしても他人を変えたい人も、まずは自分を変えてみた方が良いかもしれませんね。




ひろさちやさんは、どれくらいの知名度はいまいちよく分かりませんが、宗教評論家で仏教のことを分かりやすく教えてくれる方です。
「ひろさちや」というのはペンネームで、本名は増原良彦さんです。


ひろさちやさんは、例えばこんなことをおっしゃっています。

『病気になったときは、「これはこれでいいのだ」と受けとるべきです。そのことは、
釈迦が教えてくれています。釈迦は、「過去を追うな! 未来を求めるな!」 と言っています。
病気になった人間が「病気にならない方がよかった」と考えるの は、過去を追っているのです。
そして、「早く病気が治ってほしい」と願うのは、未来を 求めている。病気である現在の自分を
しっかりと肯定することが、釈迦の教えなんだと 思います。』

「常識」で考えれば、病気であることを肯定することは難しいかもしれません。
実際、自分もそうやって思える自信はありません。
ただ、病気になる=不幸 とは必ずしも言えないと分かっているだけでもいくらかは救われるのではないでしょうか。


ひろさちやさんは、多くの本を書いております。(どれも似たような話だと批判されがちですが)
自分が読んだのは 「狂い」のすすめ (集英社新書)  という新書です。
気になるタイトルですよね。

とても分かりやすくてサラッと読める一冊。
『世間の常識を捨てて、「狂者」として生きましょう。
世の中の方がおかしいのだから、かえってまともに生きられます。』と書いてあります。
常識に縛られている人には、ぜひとも読んでほしい本だと思います。


宗教=危ないもの、といったイメージを持っている日本人には、仏教のような宗教的価値観を取り入れることは難しいと思いますが、少しでも取り入れることが出来れば幸福に生きる助けになると思います。

まあ、今の日本人が信じてやまない「科学技術」というのも、自分にとっては宗教みたいなものだと思えますけどね。




多くの価値観に触れる方法として"新書を読む"ことを紹介しましたが、別にこの方法に限らず、ネット上で色々な人のブログを読んだりするだけでも多くの価値観に触れることが出来ると思います。
やり方は人それぞれで当たり前だと思います。
やり方はどうであれ、様々な価値観を知って自分に合うものをどんどん吸収していけばOKです。


「プラス思考で前向きに考えろ」と人は簡単に言いますが、そんなこと簡単に出来たら誰も苦労しません。

プラスに物事を考えるには、発想を転換しないといけません。
しかし、一つの価値観に縛られていては発想の転換なんて出来るわけがありません。
色々な思想・考え方・・・つまりは様々な価値観を知っていて、かつそれを自分に取り入れることではじめて発想の転換が出来るようになり、プラス思考にもなることが出来て、幸福にもなれるのだろうと思います。


ダラダラと書き過ぎましたね。浪人生やってると、わりと暇で色々と考えちゃうんですよ(笑)
こうやってブログ持ってると、考えたこと・思ったことを書いて残しておけるからありがたい。
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にゃっぽんでの作者紹介 まとめ②

にゃっぽんでの紹介した作者が10人になったので、こちらからもリンクを。

omegaさんの公開日記←ここクリックすれば、アカウント無しでもまとめて見ることが出来るはず。



一応、1~10回目までのリンクもそれぞれ張っときます。
(1~5回目までのリンクは前にも張りましたが。)


作者紹介 第1回 - Korowanさん

作者紹介 第2回 - 102号室さん

作者紹介 第3回 - REINSNOTEさん

作者紹介 第4回 - utamono@takeboxさん

作者紹介 第5回 - rb_cabinさん



作者紹介 第6回 - オルデルP(orca_delkaさん)

作者紹介 第7回 - BBBBBBBさん

作者紹介 第8回 - らくらく草さん

作者紹介 第9回 - Bt Malyさん

作者紹介 第10回 - postomさん




ニコニコのマイリストの整理も終わってめっちゃ重いマイリストも出来たし、
ピアプロのブクマも整理も終わって大分すっきりしました。

このブログの右下に貼ってあるピアプロのオススメ曲や絵も、いくらか中身が変わっております。
どちらも一人の作者につき一作品縛り。
オススメ曲の方は、ピアプロでしか聴けないver.もしくはニコニコにおける再生数が一万以下のボカロ曲の中で、個人的に特にお気に入りの曲を入れてあります。


受験勉強の方は、まあぼちぼちやってますよ。

宣言のついでに「omega」という存在について考えてみた

明日から受験終わるまで、ネットする時間を減らして受験勉強をちゃんとする!とここに宣言しとく。

まあ、完全に絶つわけではないんだけどね。

完全ネット封印はまだいいだろうと思ってる。



ただ、ネット自粛する際のケジメのためにここ最近やってきた「整理」が、まだ終わってなかったりする。

とりあえず、マイリストの整理(だいたいは終わったけど)とか、どうしても紹介しときたいにゃっぽんでの作者紹介日記とか、ピアプロのブクマの整理とかは、勉強の合間に出来れば今月中に済ませようと思う。



ネット自粛期間に投稿されるボカロ動画は、お気に入りの作者のものくらいは確実に確認したいと思う。

お気に入り作者のマイリストのRSS登録は済ませてある。

その他、いくつかの信頼してるマイリストもRSS登録した。

時々観に来ようと思う。



自分は超絶怠惰な人間だから、大学合格のために勉強しよう!なんて思ってもモチベーションは長続きしない。

人間というのは、例え絶対後悔することになると分かっていても、"未来"よりも"今"を優先してしまうものらしい。

将来のために頑張れる人というのは「意志が強い人」ということか。

意志の弱い自分は、勉強を続けるために、勉強を習慣にしようと思う。

勉強を、寝たり・飯食ったりといった「生活の一部」にしてしまうわけだ。

そんなこと簡単に出来るのだろうか、けどやるしかない。



ただ、勉強が習慣になるまでの間は、どうしたってモチベーションを保たなければならない。

その間のモチベーションを保つために、こうやってブログで宣言した。

まあ、所詮はネット上の宣言だから、守らなくったって誰も分からない。

ただ、自分はそういうのは嫌いだ。

ネット上での発言には責任を持てと常々言ってるんだから、その自分がネット上でいい加減なことを言うわけには決していかない。

これは"プライド"みたいなものだ。

もしこの宣言を守らなかったら、自分のあまりの不甲斐無さに恥ずかしくなって、今までのようにブログやtwitterで発言できなくなるだろう。

プライドを失うと発言できない、つまりいないことに等しくなる。

それは即ち「omega」が死ぬということだ。

それは、それだけは、絶対に嫌だ。

自分は死ぬまでomegaでいたい。

自分は死ぬまでHN(ネット世界での名前)を変えるつもりは無い。

簡単に名前を変えて生まれ変われると思ってしまうと、どうしてもネット上での行動がいい加減になってしまうからだ。

omegaを死なすわけにはいかない。



「大学に行くため」よりも「omegaでいたいため」「omegaを死なせないため」の方がやる気が出るわけだ。

それはつまり、「現実における自分」より、ネット上での自分=「omega」の方が大事ということかもしれない。

実際、そうなんだろう。

現実よりもネットの世界の方が楽しいから、ネットに嵌るわけだし。

ネット依存、とまではいかないにしても、ネットは今の自分の人生の大部分を占めている。

こういう状態は危険だと思われるかもしれない。

どうなんだろ、やっぱマズイのかな。

まあ、実際そうなってるんだから仕方ない。



どうしてこんなに「omega」を大事にしようと思うようになったんだろうか。

ボカロに嵌るまでは、自分はROM専でネットの世界を見てまわるだけで、omegaは存在しなかった。

だが、ボカロ界隈の人たちとの交流を求めて、自分はネット上でomegaと名乗るようになった。

omegaは、ブログやtwitterやはてブを使っている。

これらを使っていることで、omegaという存在が維持される。

特に、このブログはomegaの「家」みたいなものだ。

ブログやtwitterやはてブを行き来して、omegaは生きている。というか生きていられる。

そして、omegaとして生きることはとても面白いし、楽しいし、幸せだ。

つまり、ROM専でいるよりomegaでいる方がずっと楽しいことが分かったのだ。

ネット上で生きることの面白さを知ってしまったのだ。

こうしてomegaは生まれ、どんどん大きくなっていった。

その結果、「omega」は自分の大部分を占めるようになってしまった。

今の「自分」を、「現実の自分」と「ネット世界の自分」(=omega)に分けるとしたら、omegaの方が大きいのだ。

ネット依存の人というのは、「ネット世界の自分」の割合が100%、またはそれに限りなく近づいてしまった人のことを言うのかもしれない。

自分は、まだそこまでは行っていない。

現実には親友も家族もいるし、希望も持ってる。

それでも、omegaが「自分」の半分以上を占めているのは確かなので、やっぱりomegaを死なすわけにいかない。

omegaを死なせることは、自分の不幸に繋がる。



勢いに任せてグダグダ書いてみた。

まあとにかく、omegaを死なせないために自分は受験勉強をやる。それでいいや。

ちゃんと受験勉強をすれば、現実の「自分」もそして「omega」もハッピーでいられる。

それでいいや。

前回の記事の追記と自分がブログを書く理由

前回の記事の追記です。
前回の記事の終わりに付け足そうと思っていたのですが、熱くなって予想より長くなってしまったので、一つの記事としました。



筆者の方が、今回騒ぎになってしまったことを謝罪なさったようですね。
タイトルは別に"釣り"では無かったようです。
単に誤解されただけだったようです。


確かに、今回の件で不快な思いをされた人たちはいたようです。
実際そういう人たちがいる以上、謝るというのは当然のことなのかなと思います。

思いますが、

ちゃんと読まないで非難した人たちは、謝る必要が無いどころか謝罪を受ける"被害者"となっていて、それが当然というような空気は非常に気に食わない。



勿論、書いた文章をネットという公共の場に出す時に、表現したい内容を誤解されないように気をつけるのは当たり前なことです。

ただ、ちょっとした(本当にちょっとした)不適切な表現が一つでもあっただけで鬼の首を取ったように大勢で叩くというのは、もうウンザリです。

こういう騒ぎがいつくも起きると(いや、もう実際に起きまくってますが)、ネット上で何かしらの「情報」(文章に限らず動画・イラスト等何でもまとめて)を発信する人たちがどんどん萎縮してしまいます。

すると、当たり障りの無いスカスカな「情報」で溢れかえり、ネットの世界はどんどんつまらなくなる一方です。


何も「情報」を発信しない("生産しない"とも言えるかな)受信する側の人たち("受信者")は、「情報」の"発信者"を応援することはあっても迫害して萎縮させることはあってはならないと思います。

理由は単純で、ネットの世界がつまらなくなるから。これは現実の世界でも同じことが言えますかね。

"受信者"だけがいても、「情報」を発信してくれる人がいないと何も受信しようがありません。
そんなのつまらないですね。


「自分が叩いているのは、自分にとって有害な「情報」だけだから別に良いだろ!」

とか言われるかもしれません。

ですが、ネット世界も現実の社会でも、今のそういう"空気"によってあらゆる"発信者"がすっかり萎縮してしまっているように思えます。

そうやってあなた達が作り上げた"空気"のせいで、萎縮してしまった"発信者"が、将来あなたにとってとっても有益な「情報」を発信していたのかもしれません。

"心無い受信者"のせいで世界はつまらなくなっていく。

わざわざ自分のいる世界をつまらなくするなんてバカだなぁと思いませんか?




ネットでも現実でも、「黙ってるのが一番無難」みたいな"空気"はあると思います。

そんな感じに"発信者"が萎縮してしまったつまらない世界を変えたいのだけれけど、今の自分にはそんな力は無い。


そこら辺のしがない浪人生がグダグダ言ったって、聞いてくれる方は少数です。

というか「"ブログの記事"をちゃんと読まないで非難するな」と"ブログの記事"で書いているんですから、伝わるわけがありません(笑)。

自分はこの前、twitterで「文句を言っても世界は変わらん。どうしても嫌ならば、あなたが世界を変えるよう行動するしかない。」みたいなことを呟きました。

自分で言っといて、何も実践できてませんね(笑)。

今まさに、文句言ってるだけじゃないか。



今回の自分の記事は、

基本的に"受信者"である自分が、他の"受信者"の皆様に「"発信者"を萎縮させるのは止めよう。」と提案するために、この記事という「情報」を発信する"発信者"になってみました。

といった感じなのですが、この「情報」は本当に受信させたい相手には届かないでしょうね。

ただそれでもこうやって書くのは、こうやって思考を文章にしてみることは、自分の経験としてプラスになるはずだと確信しているからです。


"世界を変える"ということは、「その世界にいる人間の価値観を塗り替える」ということ。

本当に世界を変えることが出来る人なんて、一握りの人間だけですよね。

でも、自分の周り(何かのコミュニティとか友達付き合いとか家族とか)という小さい範囲の「世界」なら、あなたでも変えることが出来るかもしれない。


メンドウなら自分が「世界」に合わせるのも良いのですが、自分の力で「世界」を変えられたらどんなに面白いでしょうか!
まあそれは到底無理な話で。
でも、例え完全に変えるところまでいかなくても、自分の力でちょっとでも「世界」(それが例え小さなものでも)に"影響"を与えたい。


自分は、ちっぽけな「世界」に、例えちっぽけでも"影響"を与えることが出来ているのかなぁ。

もっと"影響"を与えられるように、あわよくば「世界」を変えられるように、その練習・実践のために。
普段は"受信者"である自分が、ちっぽけな"発信者"となってこのブログに思ったこと・考えたことを書いている。

ブログを始めた頃はそこまで考えていませんでしたが、今自分がブログを書く理由の一つはこういうことです。
プロフィール

omega

Author:omega
残念な浪人生。

プラス思考・楽天主義な人間。

怠け者。天パ。理屈好き。

知識人に憧れる少々ウザイ人。

現在の趣味→マイナー系VOCALOID作品中心に、ニコニコ動画を徘徊すること。

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何か呟いてます。


つぶやきのログ→Twilog

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個人的メモとして。
VOCALOID動画中心にニコニコ動画関連を多くブクマ。
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にゃっぽん
知名度が低いと思われる作者の紹介をやってます。
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